>> 04/18>> ワンダーランドTATIへようこそ
この春、パリ市内のあちこちで見かけるTATIの文字。
「Playtime」「ぼくの伯父さん」などで知られるフランスの映画監督ジャック・タチの回顧展が、シネマテーク・フランセーズで開催されている。
タチが生まれたのが1907年だから、とりわけアニバーサリー・イヤーというわけではない。案の定、展覧会のプログラムにも「生誕100周年にはちと遅れましたが・・・」とある。まあ、その辺りのいい加減さが、ナンセンスなタチの世界観にぴったりハマるような気がしないでもない。
「Je fais partie des cinéatistes qui aiment leur films et qui acceptent de ne pas être par tout le monde
自分の映画を愛し、それが全ての人々に見てもらえなくても、まあいいかと思える。私はそんな映画人のひとりです」
ジャック・タチの映画はどれも、「究極のナンセンス」だ。古くはサイレントムービーに始まるSlap Stickの手法をベースに、言葉遊びではなく、コミカルな動きで観客を笑わせる。ただしタチの場合、それが安易なドタバタ喜劇に終わらないのは、それをフランスのエスプリでくるみ、モダニズムのエッセンスを加えて、モードに昇華させた点にある。くすっという笑いの中にも、どこかスタイリッシュさがあるのだ。喜劇王バスター・キートンも彼をこう称賛する。
「Tati commençait dés oû on avait déjà terminé
タチは我々(無声映画のコメディアン)の終着点からスタートした」
回顧展といっても、タチの生涯を記したパネルもなければ、日記や手紙のたぐいもほとんどない。映画に登場した小道具やセットが展示され、あちこちに置かれたTVスクリーンからは映画のワンシーンが繰り返し流れる。けれど、パステルカラーに彩られた空間はタチの世界観そのものであり、我々は彼の映画の中に迷い込んだような気分になる。遊園地にやってきた子供のように、自然とワクワク胸が躍る。
イタリアの巨匠ヴィスコンティは本物志向で有名で、「ルートヴィヒ」撮影時には、舞台セットのあらゆる小道具・大道具を、本物の美術品や骨とう品や銀食器でそろえたという。その点ではタチも同じで、「ぼくの伯父さん」では、Arpel一家が暮らす近未来装備を備えた最新住宅(少々マンガちっくではあるけれど)を、撮影のためにわざわざ一軒まるごと建ててしまった話は有名だ。残念ながら、撮影後は取り壊されてしまったけれど、その家の建設のために自宅を抵当にいれたというのだからすごい!考えてみれば、タチが手がけた映画は全部で5本。たった5本で「タチism」を確立できたのも、映画に注ぐ情熱とこだわりがあったからこそだ。
Arpel家といえば、19区にあるアートスペース104では今回のエキシビションに合わせて、原寸大のモデルハウスを再現している。サカナの噴水も、オートマティックな車庫も、エンドウ豆みたいなソファもある。2階の窓には、映画同様ちゃんと人の影がうつりこむ!
ちなみに、タチが後年あたためていたもののオクラ入りになった台本がひとつあって、それをアニメーションとして現代によみがえらせるという企画が進行中だそうだ。オスカーを受賞した「Tripelette de Belleville ベルヴィル・ランデヴー」の監督がたずさわるというから、期待がふくらむ。21世紀のタチはどんな風に我々を楽しませてくれるのだろうか。
>> 04/16>> パリで一番のフランを食べて
11区・ナシオン近くのL'autre Boulangeは、どこにでもあるような普通のブーランジェリー。ふだんは気付かなかったけれど、ウィンドウに「Figaro Scopeが選ぶ『パリの美味しいフラン』ランキングで、No.1に選ばれました!」とのうたい文句が書かれていた。掲示してある記事を読むと、たしかに、ポワラーヌといった有名店をおさえて最高点。近所のブーランジェリーなので、ことのほか嬉しい。そうとなれば、試食してみるか。
実をいうと、フランはあまり得意ではない。日本のフランはわりとプリンに近いけれど、こっちのフランはカスタードをそのままタルトに詰めて、表面をカリッとさせておしまい、というものが多い。ポルトガルのエッグタルトを大きくしたような感じ。ただし厚みはゆうに5cm以上あるので、よほど好きでないとけっこう飽きる。
パリNo.1のフランを食べて開眼したかというと、そうでもなく、やっぱり好みとはいいがたいのだけれど、それでも、フランス人にとってフランというお菓子がどんな存在なのか、少し分かるような気がした。ミルクと卵と小麦粉、シンプルな素材で作るママンの味。デコレーションの凝った芸術的なお菓子ではなく、学校から家に帰るとテーブルで待っている、3時のおやつ。だからこそ、フランは高級パティスリーではなく、毎日立ち寄るブーランジェリーに並んでいるのだろう。
色鮮やかなマカロンだけがフランス菓子ではない。毎日のおやつにもちゃんと手間をかける、これこそが本当のフランスの食文化だと思う。
>> 04/14>> パリの中のヨーロッパ
St. Lazare駅から北へ、メトロ3番線・Europe。
歩いてみるとすぐに分かるが、この辺りの通りには、ヨーロッパ主要都市の名前がつけられている。Rue de Amsterdam、Rue de Stockholme、Rue de Londres、Rue de Constantinople... 散歩しながらヨーロッパ一周ができる。ただし(当然といえば当然なのだけれど)、パリという名前の通りはない。
線路沿いに走るRue de Romeは、楽器店が多いエリア。ショウウィンドウをのぞくと、バイオリンやらクラリネットやら、ピカピカに光る金管楽器やピアノやら。楽譜や譜面台の専門店なんていうのもある。楽器の修理専門店では、素人には見当もつかないような道具に囲まれて、職人たちが真剣なまなざしで作業をつづけている。
それもそのはず、ここはかつて、コンセルヴァトワールの校舎があった場所。いまも音楽を志す学生が多く住んでいるらしく、そこここのアパルトマンから楽器を奏でる音が聞こえてくる。何度も繰り返されるピアノのフレーズ。狭い路地にこだまする、透き通るトランペットの音色。
コンセルヴァトワールが設立されたのは1795年。パリのヨーロッパは、いまでも音楽の都だ。